感情タイプと論理タイプ
今日は感情タイプと論理タイプについて考えたことをつらつらあてどなく書こうかと思っていますが、一応その前に、
「僕は感情タイプor論理タイプが正しい/間違いだとか良い/悪いだとか語るつもりは毛頭ない」
という前提だけ、誤解のないようにお願いしたいと思います。
さて、よくあの人は論理タイプだ、とか、この人は感情タイプだ、とかいう表現を耳にすることがあります。
このタイプ分けは本当にあるのでしょうか?
- 結論から言えば、僕は確かにこのタイプはあると思っていて、ただ、細かく言うと論理タイプの中にも
【感情を伴った論理タイプ】と【感情を切り離して思考に割り振った論理タイプ】がいると思っています。
まとめると、厳密にいうと
・感情タイプ
・論理タイプ
・感情を伴った論理タイプ
の3タイプがあるということですね。
感情タイプは、読んで字のごとく「自分や他人の感情を行動理念にするタイプ」です。
僕の中では思考のパラメータが低いタイプ(本能が強い・動物的)、というイメージ。
論理タイプは、感情のパラメータが低いタイプ(本能が弱い・人間的)というイメージ。(実は隠れ感情タイプも多いのですが)
で、感情を伴った論理タイプは根本的には思考が強いんだけど本能も織り込んで思考するタイプ、、、というイメージです。
2番目と3番目の区別が割と難しいかもしれないですね。
すっごく雑にいうと、2番目は正論に振り切ったタイプ、3番目は思考しまくるんだけど、人の感情も含めて計算に入れるタイプって感じ。
ここで面白いのは、本来進化の過程として人間が動物から進化した部分は”複雑な思考ができる”という昨日を搭載したはずなのに、
脳の仕組みとして本来動物的な本能が強い感情タイプの方が今の世の中では”人間的(人間らしい)”と表現されることが多い点ですね。
ここには、人間よりもさらに思考というパラメータがはっきりと強いコンピュータ(AI)が出てきたという背景があると思うのですが、
動物よりも機械的で、機械よりも動物的という立場になってきたときに人間が、
これから先、どういう風に変化していくのか、大変興味深いところです。というところでぶん投げたいと思います。笑